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ある信用物語
(1994年PHP研究所発刊「トップが綴る元気が出るちょっといい話」より)

取締役社長 羽 鳥 嘉 彌

 運命の神様は心ばえのよい人にさえ、時に過酷な試練を課すもののようである。その年、1923年、彼は47歳の働き盛りであった。母子二代営々40年の歳月をかけて築いてきた事業の総決算として、羊毛原料から毛織物製品まで一貫生産の新鋭工場を東京本所の地に完成したのである。そしてその竣工式典の日が運命の日、9月1日であった。日本の歴史に特記される関東大震災に見舞われた新工場は、製品を何ひとつ作ることなく一瞬のうちに灰燼に帰してしまったのである。いったん散り散りになった従業員が瓦礫と化した工場にあつまったのは秋も深まった頃である。彼は皆に向かって工場再建を力強く呼びかけた。
 世間の誰もが「Kさんのところはもうお終いだ」と思ったほどの絶望的な状態の中で、再建の方策を次々に指示をした。その中になんとも素晴らしい言葉が出てくるのである。「帳簿も焼けて何も残っていません。しかし、私たちの頭の中には債務の記憶が残っています。それぞれ手分けをして借りの明細を書き出して提出してください。どんな小さな借りもです。人様からお借りしたものは何としてでも返さなくてはならないのです。」
 10年かかって草の根を分けるように債権者を探し出しては完済したのである。
 膨大な借金のほかは無一文という極限的な状況の中で、貸しには触れず、借りのことのみを指示した彼の言動がどこから生まれたのかは私にはわからない。ただわかることは、入社間もない頃、この話を先輩OBから聞いて以来、時折人に語る都度、私自身が感動に胸を塞がれるのと同じように、70年前にも大勢の人を感動させ、彼と彼の会社の「信用」を決定的にしたのではないかと思うのである。
 彼の人柄を愛する銀行、商社、取引先の温かい励ましと手厚い支援を受け、一年後には細々と生産を再開、数年後には見事に復旧を成し遂げたのである。
 彼とは現在のダイドーリミテッド(当時は栗原紡織合名会社)の2代目社長、栗原幸八(くりはらこうはち)であり、後世の従業員たちに「信用」とはいかなるものなのかを行いをもって示した大先達なのである。
 国家の存立と深く関わるような業種ではなく、したがって国家権力の庇護等とはおよそ縁遠いところで、ひたすら従業員のくらしの安穏のため、今日よりは明日が少しでもよくなるようにと念じながら代を重ねて115年生きてこられたのは幸運の一語に尽きると思うのであるが、二代目栗原幸八の信じ難いほどの行いによって確立された「信用」もまた深いところで生存を支え続けたに違いない。近頃思うことは、幸八にとって「あのこと」は商売の算段でやったことでは毛頭これ無く、彼にとって「信用」を失うことは事業を失うこと以上に重大なことだったのではと...。


(肩書きは執筆当時の役職です。)


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